福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)152号・昭27年(ネ)379号 判決
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人入野村農業委員会が昭和二十四年十二月二十六日原判決添附目録記載の農地について樹立した買収計画はこれを取消す、被控訴人佐賀県農業委員会が昭和二十五年三月三十一日なした控訴人等の訴願を棄却する旨の裁決はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、(一)石田繁蔵の所有農地は、買収せられる前は自作地田二町二十五歩、畑三反五畝六歩、小作地田一反七畝五歩、畑二反九畝二十六歩であつたが、右の内昭和二十二年五月三十一日三反六畝十四歩、昭和二十三年十月三十日田畑一反二十三歩を各買収せられたので、残農地は二町三反六畝となり、しかも該農地は昭和二十年十一月二十三日現在石田繁蔵の自作地であつて且保有面積の範囲内であるから、自作農創設特別措置法第三条第一項第三号の規定により、買収の目的となるべきものではない。(二)買収物件の地番は、農地買収についての対象であるが故に、最も重要なものであり、一旦公示せられた以上訂正によつて自由に左右せられるべきでなく、その訂正は当該農地の同一性を保ち得るものでない。しかるに本件買収計画には地番違いが三筆ある。すなわち原判決添附目録(ネ)の千六百五十番が千四百五十番、(ノ)の千九百五十二番が千九百二十五番、及び(ユ)の千六百四十六番が千六百四十七番となつており、右は被控訴人入野村農業委員会において本件買収計画樹立の際、地番の相違を知つて故意になしたのであつて決して誤記ではない。被控訴指定代理人は原審口頭弁論において、右三筆の農地については買収計画を樹立した事実はない旨自認している。又買収農地の地番に誤謬があつたため後日これを訂正したとしても、買収手続確定後は当該農地についての買収計画は、これがため有効となり得べきものではない。(三)耕作反別三反歩以下の零細農家たる小作農は自作農創設特別措置法による遡及買収を請求する資格がないところ、前記目録記載の(ナ)の農地についての遡及買収請求者である訴外渡辺昭吉は、その耕作反別一反八畝に過ぎず、又同目録記載の(マ)の農地についての遡及買収請求者である訴外石田仁蔵も、その耕作反別は二反三畝であつてしかも同訴外人は既に昭和二十五年六月死亡しているのであるから、右両名の請求にもとずいて定められた当該農地の買収計画は違法であつて、これが取消を免れない旨述べ、甲第十四乃至第二十七号証を提出し、当審証人渡辺市松、渡辺守幸、井上繁蔵(第一、二回)、石田タケ(岩蔵妻)の各証言及び当審における被控訴人入野村農業委員会代表者井上清太郎本人訊問の結果を援用し乙第十八乃至第二十八号証の各成立を認め、同第十四乃至第十七号証(内第十六号証は一乃至三)の成立はいずれも不知と述べ、被控訴代理人において、本件農地買収計画書中、買収農地の地番の表示に当初誤記があつた。すなわち原判決添附目録記載の(ネ)は「指田乙一、六五〇」とすべきを「指田乙一、四五〇」と、(ノ)は「平瀬甲一、九五二」とすべきを「平瀬甲一、九二五」と、(サ)は「指田乙一、六四四口」とすべきを「指田乙一、六四四」と、(ユ)は「指田乙一、六四六」とすべきを「指田乙一、六四七」と右各計画書に各記載せられたのは、いずれも誤記であつて、しかも前記(ネ)、(ノ)について昭和二十六年五月十日適法にこれが訂正の手続をなしたので、右誤記は当該農地の同一性を害するものでないから、これが買収計画は有効であつて違法ではない旨述べ、乙第十四乃至第二十八号証(内第十六号証は一乃至三)を提出し、当審証人渡辺肇(第一、二回)、井本末五郎、名古屋東太郎の各証言を援用し、甲第十四乃至第十七号証、第十九乃至第二十一号証、第二十五号証の各成立を認め、同第十八号証、第二十二乃至第二十四号証、第二十六、第二十七号証の成立はいずれも不知と述べた外、原判決当該摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決書五枚目裏二行に「前田源吾」とあるは「前田源五」の誤記と認めて、その旨訂正する。)
三、理 由
当裁判所は、後記理由を附加する外、原判決の示すところと同一の理由により控訴人等の本訴請求は理由がないものと認めるから右理由の記載を引用する。(但し原判決書九枚目表二行に「……第三号証に」とある次に「当審証人渡辺肇(第一回)」と挿入し、同じく三行に「名古屋東太郎」とある次に「(原審並に当審)」と挿入し、同じく五行に「前田源吾」とあるを「前田源五」と改め、九枚目裏二行に「十二号証」とある次に「第十四乃至第十八号証、第二十一乃至第二十四号証」と挿入し、同じく三行に「井上繁蔵」とある次に「(原審並に当審)、原審並に当審証人石田タケ(岩蔵妻)、渡辺市松、原審証人石田エイ子、当審証人渡辺守幸、」と挿入し、同じく四行に「渡辺肇」とある次に「(原審並に当審)」と挿入し、十一枚目表末行に「四畝四歩」とあるを「四畝三歩」と改め、十二枚目表初行に「物件」とあるを「物権」と改め、十二枚目裏末行から十三枚目表三行にかけ「同目録記載(オ)…………によつて認められる。」とある部分を削除し同じく表五行に「(オ)」とあるを削除し、なお原判決添附物件目録中、(ノ)欄の地番「甲一、九二五」とあるを「甲一、九五二」と、(オ)欄の昭和二十年十一月二十三日現在耕作者「渡辺市松」とあるを「名古屋東太郎」と、(サ)欄の地番「乙一、六四四」とあるを「乙一、六四四口」と、(ユ)欄の地番「乙一、六四七」を「乙一、六四六」と各改める。)
よつて控訴人等の前記(二)の主張について考えてみるに、本件農地買収計画書に、買収農地の地番の表示中原判決添付目録記載の(ネ)(ノ)(ユ)の三筆につき控訴人等の主張するような誤謬の存することは被控訴人等の争わないところであるが、右の中(ネ)(ノ)の二筆は、成立に争のない乙第十八、第十九、第二十、第二十二、第二十三、第二十四、第二十七、第二十八号証に当審証人渡辺肇の証言(第二回)を綜合すれば、当初被控訴人入野村農業委員会において本件買収計画を樹立するに際し審議可決した議案には、当該農地についていずれも正確な地番を表示してあり買収計画の公告もその正確な地番を以てなされたに拘らず、買収計画書なるものを作成しこれに物件を転記するに当り係員の過誤により前記のような地番の表示に誤謬を生じたものであつて、同委員会は後日これを発見し、昭和二十六年五月十日附を以て所轄県知事宛地番の誤記訂正方を申出で、同知事から村農業委員会を経由して、当該農地の所有者にその旨通知をなすと共に、右買収計画書も正確な地番に改められたものであること及び各筆ともその所在の字、地目、反別に何等誤謬は存しないのみならず、当初表示の地番の農地とはその所有者が全く異るので両者を混合する虞はないことが認められ、又前記目録記載の(ユ)の土地は成立に争のない乙第十八、第二十一、第二十四、第二十七号証に前顕渡辺証人の証言を綜合すれば、この分は当初議案審議のときから地番を指田乙一、六四七と表示されていたのであるが、もともと同所乙一、六四四口、乙一、六四五、乙一、六四五口、乙一、六四七口との五筆合併田九畝十歩として買収計画を立てられ、その計画書にも表示されているものであるところ、右四筆との合併田九畝十歩の他の一筆の地番は後に訂正された同所乙一、六四六と登記簿上も登載されて居り、同所乙一、六四六としても又同所乙一、六四七としても、ともに土地台帳上には独立した地番としては登載されていないことを認めることができる。然らば右のような買収計画書の誤謬は、単なる誤記にもとずくものであつて当該農地の同一性を害するものでないから、後日の訂正によつてその瑕疵は治癒せられ、当該農地の買収計画は有効になされたものというべきである。もつとも被控訴指定代理人が原審における昭和二十五年六月十三日の口頭弁論期日において、前記三筆の農地につき買収計画を樹立したことはない旨陳述したことは記録上明であるが、前記認定の事実に本件弁論の全趣旨を綜合すれば、該陳述は事実に反し且錯誤によつてなされたものであることを窺うに十分であるから、同代理人の右陳述は後に適法に撤回されたものと認めるべきである。
次に控訴人等の前記(三)の主張について考察するに、自作農創設特別措置法第六条の二による遡及買収の請求をなし得る小作農の資格について、控訴人等の主張するような法規上の制限は存しないのみならず、又たとえ前記目録記載の(マ)の農地の遡及買収請求者である訴外石田仁蔵が控訴人等主張のように昭和二十五年六月死亡したとしても、同訴外人が昭和二十年十一月二十三日現在当該農地の小作農であつたことは前記認定のとおりであるから、これが売渡の相手方の問題は別として、その請求にもとずき当該農地について定められた本件買収計画自体は何等違法な瑕疵を帯びるものでないと解すべきである。
そうだとすれば、控訴人等の右主張はすべて理由がないので採用するに値しない。
よつて控訴人等の請求を排斥した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)